調布七福神

調布七福神というものがあります。

www.chofu-7fukujin.com

どれだけ歴史があるものかはわかりませんが、調布市内の七福神を祀る寺院を巡るものです。

開催期間は正月七日間となっています。おそらくは御朱印七福神像等の公開がその期間だけということで、お寺の見学自体はいつでもできるのだと思います。

実際に行ってきたので、簡単な記録を残しておきます。あまり写真は詳細に残していません。

今回は概ねAコースに従いました。ただし、あまり時間の余裕がなかったので、レンタサイクルHELLO CYCLINGを活用して時間と体力を節約しています。

昌翁寺(寿老人)、明照院(弁財天)

仙川駅からスタートします。

昌翁寺は徒歩ですぐです。寿老人の像が公開されていたと思います。

明照院は少し遠いので、レンタサイクルを使いました。弁財天像は見当たらなかったのですが、実はお堂の中にあったようです。

ponta-blog.hatenablog.jp

私は以下の記事で紹介した蛇姫様の祠にも訪れました。明照院の弁財天に関連するスポットなので、コースに組み入れて損はないと思います。

hyaksui.hatenablog.com

西光寺(大黒天)

仙川駅まで自転車で戻り、京王線西調布駅まで行きます(つつじヶ丘駅まで自転車で行っても良いと思います)。

西調布駅はやたらと近藤勇をアピールしています。あちこちに幟も立てられていました。

余談ですがここでラーメン猫と月に行きたかったのですが、臨時休業されていたため大鉢亭に行ってみることに。結果的には美味しかったので良かったです。すり鉢を器として提供されるラーメンということで、「スリバチ」地形好きとしてはこちらで正解だったかもしれません。

ご飯を食べたあと、徒歩で西光寺に向かいました。ここにも近藤勇像があります。お堂の中に大黒天像がありました。

庚申塔好きとして、西光寺の中の庚申塔の写真も乗せておきます。

西光寺の近くで、時代劇に出てきそうな立派な木造建築が取り壊されているのが見えてしまいました。どうも以下のあたりと関係がありそうな気がしています。いろいろな事情があるのだと思いますが、古い建物が取り壊されているのを見るのは胸が痛みます。

近藤勇生家跡|調布市野水の名所旧跡

西光寺向かいの名主中村勘六家で歓待を受けたと伝えられている

大正寺(恵比寿神

電車で行ってもいいのですが、調布駅から多少歩きそうなので、あえて自転車で向かいます。途中で若松稲荷神社という小さな神社を見つけました。

大正寺は池の中に恵比寿様がいらっしゃいました。恵比寿神は海神とされるので、水つながりで池にいるのでしょうか。近くにある木槌と板で叩いて音を出してから、お祈りすると良いとのことでした。

恵比寿神七福神の中で唯一の日本の神様ということですが、仏教とのつながりはどうなっているのでしょう。かといって記紀に出てくる神様でもないので、神道での扱いがどうなっているのかも気になります。

常性寺(布袋尊

また微妙な距離ですが、ここは京王線を使いました。調布駅まで歩きながら「あずきや 安堂」の今川焼を頂きました。京王線布田駅に移動します。

常性寺の布袋様はおなかを撫でさせてくれました。

祇園寺(福禄寿)

レンタサイクルのポートも良い位置になかったので、歩きました。途中で國領神社に寄りました。途中で野川を渡ります。

祇園寺は広々としていて良いところでした。板垣退助縁の地のようです。福禄寿像があったと思います。

深大寺毘沙門天

自転車で移動しました。歩くには遠いし、かといって電車やバスもちょうど良いのがないので、自転車が楽だと思います。移動中に急に景色が変わって、一面が畑になったのが印象的でした。

地図に乗っていない庚申塔も見つけました。このあたりからストリートビューでも見えます。

ここは有名なので説明不要だと思います。元三大師の名前が多く見られましたが、京極夏彦『塗仏の宴』で語られていたことを思い出して興味深かったです。

どこに毘沙門天があるのかわかりにくかったですが、釈迦堂に祀られていました。

感想

自転車を使ってもそこそこ疲れたので、歩くとかなり大変だと思います。

始めていく場所が多く、知らない場所を訪れる良い機会になりました。

国分寺崖線の周辺を回ることができるのも面白いところです。明照院も深大寺も崖線のそばにあります。移動の際も崖線の様子がよくわかります。仙川駅とつつじヶ丘駅の間の車窓からは、崖線上に立っている住宅が、傾斜に沿って斜めに並んでいる様子がよく見えるので結構好きです。祇園寺から深大寺へ移動する際も、崖線をじっくり観察することができました。

蛇姫様の祠

調布市入間町の「蛇姫様の祠」という場所が、せんがわ地図で紹介されています。Google Mapによれば、正式名称は「辨天山宇賀辨天堂跡」のようです。

今年2025年は巳年(へびどし)ということで、実際に行ってみました。

アクセス

京王線つつじヶ丘駅または仙川駅から歩くこともできますが、それなりに距離があります。

さらに、このあたりは国分寺崖線に当たるため、高低差が激しく坂道が多いです。

私はレンタサイクルHELLO CYCLINGを利用しました。電動自転車がレンタルできるので、坂道が多い場所を巡るのに便利です。

近くに「入間住宅」というバス停があり、つつじヶ丘駅もしくは成城学園前駅からバスが出ているようなので、それを利用するのも良いと思います。

入口がわかりにくいです。パティオ仙川東館の裏側、新左エ門の坂の下あたりから入れます。私は近くに行ってからもしばらく迷ってしまいました。

蛇姫様の祠について

緑地の一角が柵に囲われています。囲いの中には小さな祠があります。

うーん、なんて書いてあるんでしょう……?「蛇姫様の祠」と書いてあるのか、ちょっと自信がないです。

案内板があります。

板が腐食して少し読めなくなっているところがあります。調べてみると、以下のWebサイトにほぼ同じ内容が記載されているようです。

www.chofu-7fukujin.com

秀海法印により創建云々というのは明照院のことなのでしょう。明照院は近くにあるお寺です。「近江国竹生島より、第六世住職良慶法印が、寛文二年辨天山に分影し勧請した」というのが、この祠の由緒なのでしょうか。このあたりが辨天山と呼ばれていたのかどうかは、私の調査不足でわかりません。ただこのあたりはちょうど国分寺崖線にあたるため、山と呼びたくなるような高低差があるのは確かです。

「明治十七年四月当山観音堂に合祀され、以後辨天山には、石仏に改め宇賀神が安置された」とあるため、ここは辨天堂ということになっているのでしょう。実際明照院には弁財天が祀られていて、調布七福神の一部にもなっています。なお、勧請元の竹生島は琵琶湖にある島で、日本三大弁天として有名なようです。

以下のWebサイトに、祠の中の写真があります。昔は中を見ることができたのでしょうか。

8tagarasu.cocolog-nifty.com

宇賀辨天について

宇賀辨天というのは初めて聞きました。Wikipediaで以下のような記述を見つけました。

ja.wikipedia.org

その姿は、人頭蛇身で蜷局(とぐろ)を巻く形で表され、頭部も老翁や女性であったりと諸説あり一様ではない。 (中略) この蛇神は比叡山延暦寺天台宗)の教学に取り入れられ、仏教の神(天)である弁才天と習合あるいは合体したとされ、この合一神は、宇賀弁才天とも呼ばれる。

天台宗寺院である明照院によって勧請されたことから、単なる弁財天ではなく宇賀弁才天となったのでしょう。蛇姫様という呼称もここから来ているのでしょうか。

最近のNHKの番組でも、蛇が弁財天の御使いであると説明されていました。これは弁財天が水神であり、蛇が水辺の生き物であることに由来するようです。このあたりも関連がありそうなところです。

www.nhk.jp

「辨」という字も気になりましたが、一応「弁」の旧字体なのでしょうか。これはこれで調べだすと深みに嵌りそうなので、一旦置いておきます。

ja.wiktionary.org

dictionary.goo.ne.jp

近くのスポット

ここまで来たなら、明照院と隣の糟嶺神社にも行くとよいでしょう。糟嶺神社は古墳の上に建っているということで、こちらも興味深いです。地形的には入間川による、国分寺崖線とは逆側の崖線にも見えるのですが、どうなっているのか気になるところです。

近くに複数の庚申塔や石塔もあります。

近くから見える鳥居も気になります。おそらくは以下の「秋葉山神社」だと思うのですが、入口がわかりませんでした。私有地なのかもしれません。

新井家住宅という重要文化財があるようですが、残念ながら非公開のようです。

bunka.nii.ac.jp

あまり詳しい説明が見つからないのですが、以下のような記述を見つけました。

https://www.city.chofu.lg.jp/documents/3650/251220_1.txt

 新井家は、江戸時代に名主を務めた旧家です。屋敷林に囲まれた敷地中央に建つ主屋は木造平屋建で、屋根は寄棟造茅葺(よせむねづくりかやぶき)(現在は鉄板仮葺)です。右手を土間とし、床上部は前列に広間・中の間、後列に茶の間・部屋・奥の間を並べ、座敷南・西面に縁を廻らします。主屋背面には内蔵が続き、敷地内には外蔵が残ります。旧蚕室は都内近郊の近代における養蚕業の様子を伝える建物です。  武蔵野の旧家のたたずまいを伝える貴重な民家建築です。

田中稲荷という小さな神社を見つけました。

何気なく立ち寄ってみたのですが、以下のような記念碑がありました。

新井一族の守護神」とあります。つながりましたね。田中家の屋敷神ではないとすると、素直に田んぼの中にあったということでしょうか。また、近くのバス停「稲荷前」の由来はここかもしれません。

新左エ門の坂や本村坂など、古道の可能性がある道も多そうです。古道についてはまた時間を見つけて調査したいと思います。

終わりに

せんがわ地図を片手に、ぜひご自身で散策してみてください。正月期間中であれば、足を伸ばして調布七福神を巡ってみるのも良いと思います。

リンク集

sanpo-nikki.com

ameblo.jp

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m-shige.blogspot.com

mixi.jp